35'S DAYS JAPOBOLIVIANA

青年海外協力隊生活@ボリビアで得たこと、帰国後の日本での生活・仕事ぶりについて気ままに書き綴ります!!

#044 青年海外協力隊経験者と帰国後の逆カルチャーショック:★出発前必読

青年協力隊に限らず、長期で海外に出る方には出発前に「逆カルチャーショック」という概念を予備知識としてもっておくことを断然おススメします。つまり、思いの外帰国後に日本に馴染み直すことに苦労をすることがあり、ビックリ!ということです。私も心構えがあればいくらか楽だったハズ、、と思うので出発前の方に是非読んで頂きたいです。

 

Photo credit: Benson Kua via Visualhunt / CC BY-SA

 

これもまた個人差があるかと思うのですが、私の場合は任国であるボリビアの暮らしに慣れるよりも、帰国後に日本に慣れ直すほうが何百倍も労力を使いました…むしろボリビアの暮らしにはスッと入り込めました。というのも、そもそも出向く際に、「そうとう日本と異なる暮らしになる、頑張れ私。」という決心の下出発しているので、諸々の非日常やハプニングは所謂「想定の範囲内」でした。そして帰国後…。主なる症状(?)はこんな感じでした。

 

 

日本は行き交う人々同士の挨拶が希薄に感じられる

ボリビアの任地は誰もが知り合い、というレベルの村に住んでいました。道ですれ違えば挨拶が当たり前でした。ということで、帰国後近所の面識のないおばあちゃんに元気よく挨拶したら微笑まれました、、、昔は日本もこんな感じだったのではないかと思うのですが…。

 

3分おきに来る山手線に走って乗車する人々に困惑

⇒1ヶ月もすれば自分も走り乗ってましたが、最初は何をそんなに生き急いでいるのかと思いました。あと人が多すぎで酔って疲れてしまい、新宿の街に30分と立っていられず悲しい気分になったことを今でも覚えています。。

 

お店の丁寧過ぎる対応に気持ち悪さを感じる

⇒ホスピタリティの充実してない環境での暮らしに慣れてしまったため、丁寧なのが逆に苦手になってしまった自分がいました…。

 

とにかく任国の人や文化、料理が恋しい

⇒逆ホームシック。街中で時々ボリビアやベル―の人達が「コンドルは飛んでいく」の曲なんかを演奏していることがあるのですが、思わず話しかけていました笑。

 

スペイン語でない暮らしや感情表現への違和感

⇒任地のボリビアでは、下手でもなんでもスペイン語しか通じないので、2年間、知らず知らずのうちに喜怒哀楽の感情表現はスペイン語で行っていたみたいです。なので、日本語で話すことがそもそもしっくりこなくて、帰国後しばらくはスカイプボリビアの友人と話して心の健康を保っていました。

  

 家族や友人との会話がかみ合わない

スペイン語での会話が自分の中で自然になっていたこととも関係がありそうですが…。笑のツボ?なんかもオカシクなってしまったようです笑。しかもやたらラテンかぶれ?な感じになっていて、周りはめんどくさかったのではないかと笑。

  

空気がフワフワ感じられる

⇒標高の高いボリビアは酸素が希薄でした。その環境に体が順応していたため、日本に帰ってきたら私にとっては酸素が多く、帰国後1週間くらい、過呼吸に似たような症状が出ました。

 

 

こんな感じです。必ずしもネガティブなことではないのですが、こんな反応が自分に出るとは思ってもいなかったので、かなり困惑したし、多かれ少なかれ、青年海外協力隊の仲間は同じような経験をしています。こうなる、と予め分かっていればそのショックも少ないのかなぁと思います。何がって自分が生まれ育ってきた国に簡単に馴染めないのは本当にビックリでした。

 

あと、一度この経験をするとおそらく免疫ができます。その次の長期滞在後にはこの症状がほとんど出ないっぽいです。自分の中でシミュレーション出来ているから困惑しないんだと思います。実際、私は青年海外協力隊から帰国してから3カ月強に渡って世界一周をしたことがあるのですが、その時は一切逆カルチャーショックには悩まされませんでした^^

 

ということで、これから長期で海外に赴任するかもしれない、というそこのあなた、逆カルチャーショックたるものの存在を認識せよ!です。

 

ではでは😎